実験
19世紀後半には、この「エーテルの風」の効果を調べる実験が数多く行われた。しかし、それらの多くでは、実験精度の不足により満足な結果を得ることができなかった。しかしマイケルソン・モーリーの実験では、ビームスプリッター|ハーフミラーを用いることにより、直交する二つの経路を進むのに光が要する時間の差を高精度で測定することができた。1887年に、彼らはエーテルの風による影響は観測されなかった、との結果を報告した。これは、エーテルの概念に重大な誤りがあることの証左であると考えられた。同様の実験は、多くの物理学者によって、装置の精度を向上させながら繰り返し行われたが、ついにエーテルの風は検出されなかった。これらの「エーテルの風」の実験結果について、エーテルの概念そのものを否定する意見と、エーテルは従来考えられていたよりも複雑な性質を持つが故に検出されなかったとする意見に分かれた。特に後者については、エーテル引きずり仮説|エーテルが地球に引きずられることによりエーテルの風が極めて弱くなる、との考えが支持されていた。しかし、既に指摘されていたように、エーテル引きずり仮説には、光行差を説明できないという問題があった。この仮説の直接的検証はハマールの実験によって為された。この実験では、光に巨大な鉛ブロックの間を通過させることにより、エーテルの運動が質量に引きずられるかどうか調べられた。そして、そのような引きずりは起きないことが確認されたのである。この問題に対する解決は長さの収縮|ローレンツ・フィッツジェラルド収縮仮説によって為された。すなわち、エーテル中を運動している一切の物体は、エーテルに対する運動の向きに沿って縮むと仮定されたのである。この仮説によれば、マイケルソン・モーリーの実験によりエーテルの風が検出されなかったのは、装置がエーテルの風向きと平行に縮んでいたために、光速の変化と光の移動距離の変化が相殺されたからである。フィッツジェラルドは、この仮説のヒントをオリヴァー・ヘヴィサイド|ヘヴィサイドの論文から得た。この仮説の検証はケネディ・ソーンダイクの実験によって1932年に為され、装置の収縮および光の振動数の変化が、予想された値と一致すると結論された
。エーテルの性質を調べる有名な実験としては、他に1851年にアルマン・フィゾー|フィゾーが行った実験が挙げられる。これは1818年にフレネルが予言した「速度''v''で動いている屈折率''n''の媒質中において、''v''と同じ方向に進む光の速さは、真空中の光速を''c''として
:
である」という法則を確認したものである。これは、スネルの法則や光行差を矛盾なく説明するための仮説であった。当初この仮説は、エーテルが物質に引きずられるために、光速の変化は媒質の速度よりも小さくなる、と解釈された。しかし、この解釈はウィルヘルム・ヴェルトマンが、フレネルの式中の''n''が光の波長に依存することを実証したため、エーテルの運動は波長に依存し得ないことから、否定された。さらに、特殊相対性理論の観点から、マックス・フォン・ラウエ|フォン・ラウエにより、フレネルの式は''v''が''c''よりも十分小さい場合にのみ成立し、一般の式は
:
であることが1907年に示された。また、1913年に発見されたサニャック効果や1925年のマイケルソン・ゲイル・ピアソンの実験の結果は、特殊相対性理論による予想と合致するものであった。1920年代には、デイトン・ミラーによってマイケルソンと同様の実験が繰り返され、エーテルの風の存在を示唆する結果が得られた。しかし、これは従来のエーテル理論から予想される値よりも極めて小さく、また、他の研究者による追試ではミラーの結果は再現されなかった。後年の研究では、ミラーは温度変化による実験結果への影響を過小評価していたのだと考えられた。さらに高精度の実験が繰り返されたが、ついに、特殊相対性理論と矛盾する結果は得られなかった。