廃棄物としてのPCB
日本の状況
日本では、1972年に行政指導という緊急避難的な措置として製造・輸入・使用の原則禁止。翌1973年には、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律を制定(発効は1975年)し、法的な裏付けを行っている。PCBを含む廃棄物は、国が具体的対策が決定するまで使用者が保管すると義務付けられたが、電気機器等については、耐用年数を迎えるまで使用が認められたことから、PCBを含む機器の所在や廃棄物の絶対量の把握が曖昧なものとなった。1980年代以降になるとPCBの危険性に対する認識が風化し、保管されていた廃棄物が他の産業廃棄物と一緒に安易に処理されるなど、行方不明になる例が報告されるようになった。厚生省は1992年と1998年に保管状況の追跡調査を実施したが、調査を通じて大量のPCBを含む大型トランスやコンデンサが、わずか6年の間に台数比で4.1%もの機器が行方不明になる実態が明らかにされている。1972年からの紛失率を考えた場合には膨大な量になることは明らかであり、一刻も早い抜本的な処理体制の確立が急務となった。 一方で、処理体制の模索は絶えず続けられてきた。1976年には通商産業省の外郭団体として電機ピーシービー処理協会(現:電気絶縁物処理協会)が設立され、高温焼却処理施設の設置が模索されてきたが、PCBの危険性を危惧する住民運動により全て頓挫。日本ではその後約30年にわたる長い間、PCBを含む廃棄物の具体的な処理基準や処理施設は公に定められないままであった。1990年代以降は、新たに安全な処理方法の検討が行われた結果、処理方法の多様化が認められ、2000年代に入ると一部の企業においては、商業的な処理技術の立証を視野に入れた実験的処理が行われるようになった。2001年6月、日本はPOPs条約(後述)の調印を受けPCB処理特別措置法を制定し、併せて環境事業団法を改正して、2016年までに処理する制度を作った。 こうした対策は進んでいるものの、依然として日本国内ではPCBを使用した機器があふれており問題視されている。一例では1999年に青森県の高校、東京都の小学校にて、相次いで照明器具(蛍光灯)内のPCBを使用したコンデンサが老朽化のため爆発。生徒や児童に直接PCBが降りかかるといった事件が発生。現在でも公共施設をはじめ多くの場所で用いられていることを示す例として知られるようになった。1970年代以前のコンデンサー類の全てでPCBが用いられているとは限らないが、今となっては使用状況が正確に把握できないこともあり、眠る爆弾として衛生面、環境面から恐れられる存在となっている。
世界の状況
2001年5月、PCBを2028年までに全廃することを含む国際条約であるPOPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)が調印された(POPsは persistent organic pollutants の略語で、残留性有機汚染物質を指す)。
PCBの無害化処理
PCBの処理方法には以下のようなものがある。
PCBそのものの処理
脱塩素化分解法 ? PCBの分子を構成している塩素とアルカリ剤等を反応させ、PCBの塩素を水素等に置換
水熱酸化分解法 ? 超臨界流体|超臨界水や亜臨界状態の水によってPCBを塩、水、二酸化炭素に分解
還元熱化学分解法 ? 還元雰囲気条件の熱化学反応によってPCBを塩、燃料ガスに分解
光分解法 ? 紫外線でPCBを構成している塩素を取り外して分解
プラズマ分解法 ? アルゴンガス等のプラズマによってPCBを二酸化炭素、塩化水素等に分解
PCBによって汚染されたものの処理(PCBが染み込んだ布など)
溶剤洗浄
真空加熱分離装置による分離