制作行程
真綿
元来結城紬は、結城周辺の養蚕業で出される屑繭(蛾の出殻や汚れなどにより売り物にならない繭)を使って作られていたが、江戸時中期から福島県保原町一帯で作られる入金真綿(いりきんまわた)も使用する様になった。1723年の五十里洪水で結城一帯の桑畑は壊滅的な被害を受け、以後現在は原料の99%を入金真綿が占めている。結城での養蚕も数件ではあるが現存する。茨城県は2001年に「大鷲(おおわし)」という繭の新品種を開発し、結城紬のブランドシルクとする計画を発表した。飼育数や時期が限られており、2006年現在年間約100反ほどの生産ではあるが、開発が進んでいる。丈夫な糸が取れる上に粒が大きく、1反当りに飼育されるカイコ|蚕の数を削減することに繋がるとして期待が持たれている。
糸つむぎ
繭は炭酸水素ナトリウム|重曹を加えた湯で2時間程煮込み、柔らかくした後たらいに移し、ぬるま湯の中で5 - 6粒程をこぶしで広げながら重ねて1枚の真綿を作る。中の蛹が生きた状態で煮たものを「生掛け糸」と呼び、ツヤのある丈夫な糸になるというが、以前は保冷技術が未発達だった為希少品であった。乾燥させた真綿約50枚(約94g、1匁)を一秤とし、約七秤で1反の結城紬を制作する。真綿を更に両手で広げ「つくし(竹筒にキビガラを取り付け台座に立てたもの)」と呼ばれる器具にからみつけ、その端から糸を引き出す。片方の手で糸を引き、唾液をつけたもう片方の指先で真綿を細く捻る様にしてまとめ糸にする。均一な太さを保つ為には熟練した技が必要であり、特に40 - 50歳の女性のつむぎ手の唾液には粘りがあり照りのある良い糸が出来るという。引いた糸は「おぼけ」という容器に溜めてゆき、一秤分の真綿が全て糸になった状態を1ボッチと呼ぶ。個人差はあるが1ボッチの糸つむぎにかかる日数は7 - 10日、長さは約4 - 5千メートルである。その後、糸あげと呼ばれる作業で枷の状態にする。
整経
整経と呼ばれる作業で糸を決められた長さと本数に揃え、経糸(たていと)を作る。結城紬1反は品質検査の規定で3丈7尺(約12.3 m)と決まっているため、それに余裕を持たせた約14 m程とする。本数は上糸640本、下糸640本、計1280本が必要であり(無地や縞柄の場合)、これは反物の幅約9寸5分 (数)|分に相当する。
柄制作
絣くくり
経糸を枠に巻き付け、図案に従って竹のへらで墨をつけてゆく。墨をつけた部分を綿糸で縛る作業を「絣くくり」または「絣くびり」という。縛った部分には染料が入らないので色がつかない。この無染色の部分の組み合わせで絣模様となる。縛りが弱いと染色中に綿糸が取れたり染料が入ってしまうため、絣くくりは一般的には男性が行う。反物一幅に入る亀甲の数で柄の細かさは概ね4段階に分けられるが、縛りは一番単純とされる80亀甲(反物の幅に80個入る)で160箇所、最高の細かさである200亀甲では約400箇所にもなる。1反全体で数万カ所の縛りが必要となる場合もあり、絣くくりだけで数カ月かかる場合もある。また、複数人での仕事は縛る強さが変わってしまう為、最初から最後まで1人が行わなければならない。
すり込み
戦後、「すり込み」という染色法が開発された。これは墨付けをした部分に直接染料で色をつけてゆく技法である。戦前は染料が滲む上に色が定着しにくい点があったが、染料に混ぜる糊の量を通常の約2.5倍に増やし、粘りを加えたことで実用化となった。絣くくりは染まらない部分を模様とする為、地は藍色・黒などの濃色にならざるを得なかった。対して刷り込みは淡色の経糸に模様を入れる事が可能であり、現代の好みに即した明るい色の反物を制作出来る様になった。
糸染め
元々は木藍によって染色した紬糸を使用したものが多かったため、今でも染業者は「紺屋」と呼ばれる事が多いが、化学染料の使用が主である。太平洋戦争期、食料確保の為に藍畑から転換を迫られた事や、戦後藍では染められないような細かい絣が主流になった事が、化学染料への移行の原因である。女性向けに明るい色の反物が好まれるという理由も大きい。また、藍染めの糸は糸が毛羽立ち扱いづらくなり織りにも影響が出るため、反物としての価格も3割程高くなる。2007年現在、結城で藍瓶を持つ染屋は1件のみとなった。草木染めを行う業者もわずかではあるが存在する。絣模様を綺麗に出すには、絣くくりをされた箇所と箇所の間にしっかりと染料が入らなければならない。染料に浸すだけでは難しいため、枷を地面に叩き付けて染める「叩き染め」が、結城紬独特の技法として定着している。
糊付け
撚りをかけずに紡いだ糸は力をかけるとすぐに切れてしまう。強度を増すために、整経と機巻きの前に糊付けをする。小麦粉と水を混ぜて糊状にしたものに糸を浸し、よく捌いて風通しの良い日陰に干す、これを3回程繰り返す。糸の太さや作業時の天候等で仕上がりが左右される作業である。糊が強すぎると逆に糸同士がくっついて織りづらくなるため、経験と勘が必要とされる。一生習いと言われる程であり、糊の濃度などは他の家には簡単に教えないという。糊は基本的には着物に仕立てる前に「湯通し」と呼ばれる作業で落とされる。たらいに45度前後の湯をはり、反物を浸しては湯を変えて徐々に糸そのものの風合いに戻してゆく。糊付は織り元が行うが湯通しは専門の業者があり、結城紬制作の最後の仕上げを担っている。
機織り
品質検査
重要無形文化財である無しに関わらず、本場結城紬として生産された反物は全て同様に検査され、長さ、打ち込み数、色斑の有無や堅牢度など15項目の規定を満たした物にのみ合格証紙が貼付され割印が押される。1887年の結城物産織物商組合結成時に反物の検査が開始され、合格したものだけに商標ラベルを貼る事が定められた。1933年に検査は県営へ移行、1962年以降は生産者検査となった。現在は、機屋(織り元)が指定された日時に反物を組合に持ち込み、茨城県工業技術センターの職員が検査をするという体制である。検査を受けた反物は問屋へ納品され、市場へ出る事となる。(かつて結城紬は縞柄が多かった事から、産地では問屋を「縞屋」と呼ぶ。)