フランスの硝石史
フランスでは硝石採取人という職業があり、国王よりあらゆる家に立ち入って床下や穴蔵の土を採取することが出来る特権が与えられていた。
硝石採取人は採取した土を温湯に溶解して炭酸カリウムを加えて硝酸カリウム塩を作り、これを濃縮して放冷すれば結晶が出来る。この結晶をもう一度溶解して再結晶化すると精製された硝石となり、火薬の原料に使われる。
その生産量は年間300トンほどであり、別名「ケール硝石」と呼ばれていたが、輸入物に比べて品質は低かった。
そのため需要を満たすには足りず、インド硝石などの輸入が大きな割合を占めていたが、フランス革命の時代になるとイギリスとの戦争からインドからの輸入が困難になった。そのため、フランス革命以後になると硝石丘による人工的に硝石を得る方法が発明されナポレオン戦争の火薬原料の供給に大きな役目を果たした。開始から採取まで5年余りを要すが土の2〜3%もの硝石を得ることが出来たため生産量は採取を上回った。
硝石丘は他の国でも行われ、幕末の日本にも伝来している。